東京地方裁判所 昭和27年(行)141号 判決
原告 黄仁杓
被告 東京入国管理事務所主任審査官
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は「被告が昭和二十七年七月二十三日に原告に対してした退去強制令書発付処分は、これを取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因として、また被告の主張に答えて、次のとおり述べた。
原告は昭和六年二月四日東京都品川区南品川五丁目二〇六番地で生れ、その後現在まで本邦に居住している朝鮮人である。原告は昭和二十六年五月十八日窃盗罪を犯して検挙されたが、そのときたまたま外国人登録証明書を携帯していなかつたため、窃盗罪と外国人登録令違反罪(登録証明書不携帯罪)の併合罪として起訴され、昭和二十六年七月二十五日東京地方裁判所で懲役一年(登録証明書不携帯罪について懲役刑選択)に処せられ、その判決は確定した。そこで原告は宇都宮刑務所で服役し、昭和二十七年四月二十七日その刑の執行を終えた。
ところが当時の入国管理庁東京出張所主任審査官は、昭和二十七年四月二十一日原告に旧外国人登録令第十条、第十三条第五号、第十六条第一項第二号に該当すると疑うに足りる相当な理由ありとして、収容令書を発して原告を収容し、同出張所入国審査官上野力一は、同月二十六日原告を右規定に該当するものと認定し更に原告に対して口頭審理を行つた同出張所特別審理官近藤兵衛は、同年六月六日右入国審査官の認定に誤りがないと判定した。原告はなおこれを不服として、当時の入国管理庁長官に異議の申立をしたが、同年七月九日原告の異議を理由なしとする裁決があつた。そこで入国管理庁東京出張所主任審査官は、昭和二十七年七月二十三日右裁決にもとづいて、出入国管理令第四十九条第五項の規定により、同令第五十一条の定める退去強制令書を原告に対して発付した。
しかし右の退去強制令書発付処分は、次に挙げる理由によつて違法な処分である。
旧外国人登録令第十六条を適用して、外国人に本邦からの退去を強制する場合には、事案の実情を十分に調査して、その外国人の基本的人権を不当に侵害することのないように注意し、法の濫用を避けるように心掛けなければならない本件の場合、原告が登録証明書不携帯罪を犯して前記の刑に処せられたとはいつても、それは窃盗罪との併合罪として処断された結果である。原告が窃盗罪を犯して検挙された時登録証明書を所持していなかつたのは、たまたまこれを自宅の箪笥の中に置き忘れていたためであつて、故意があつたわけではないこの程度の外国人登録令違反の行為は、通常不起訴処分に付せられるか、また起訴されたとしてもたいてい罰金ないし懲役刑の執行猶予の判決ですむ場合が多い実情である。原告はたまたま窃盗罪との併合罪として起訴されたため登録令違反の行為についても懲役刑を選択されて、懲役一年に処せられたのである。外国人登録令違反罪のみが別個に取り扱われていたならば、さような刑を受けることはなかつたはずである。従つて実質的に見ると、原告は、外国人登録令違反の行為をした者として、禁こ以上の刑に処せられた者とはいえないのであり、原告には、外国人登録令第十六条第一項第二号に該る事実がなかつたといつてよいのである。のみならず原告は日本に生れて日本の小学校を卒業し、日本語を知るのみで朝鮮語に通じておらず、父、兄、弟、妹等はすべて日本に居住し、原告はこれと同居しており、朝鮮には親戚知人もない。かような原告を、形式的に前記法条に該当するものとして、本邦から強制的に退去させることは原告を戦乱の朝鮮に送り込み、その生命を危殆に陥らせる結果を招くものであり、原告の基本的人権を不当に侵害するものである。これは明らかに被告の権限の濫用であつて、本件退去強制令書発付処分は違法な行政処分であるといわなければならない。
被告は、旧外国人登録令第十六条は行政庁の権能を定めたに止まり、裁量の余地を認めていないから、同条第一項各号に該当する事実があるときは、必らず退去強制処分をしなければならないというが、それは誤りである。同条第一項各号に該る事実があつても、行政上の見地から退去を強制することが必らずしも適当でないと考えられる場合があることは、当然である。例えば日本に在留させることが本人及び日本にとつて適当と認められるとき、本人が任意に本邦から退去することを希望し、それが実行される見込確実なとき等である。そして本件のように外国人登録令に関する罪と他の罪との併合罪として処断され、禁こ以上の刑に処せられた場合も、その事案を実質的にみると、登録令違反として禁こ以上の刑に処するのが妥当でない場合があり、かようなときは、同種の事案と比較検討したうえで、退去強制の適否を判断しなければならない。実際の取扱例を見ても、外国人登録令違反罪で禁こ以上の刑に処せられた者に対して、必らずしもすべて退去を強制していない実情である。されば本件退去強制令書発付処分をき束的な処分であるという被告の主張は十分な根拠がなくそれは行政庁によつて全く機械的に行われるべきものではないのである。
のみならず、退去強制処分をするについては、これを規定した法の目的精神を十分検討し、これを逸脱してはならぬこというまでもない。退去強制処分は決して盲目的な報復手段ではなく、国際的な友好関係を阻害したり、当該本人の蒙る不利益を必要以上に大きくして、人道主義の立場に背いたりするようなことがあつてはならないのであり、要は事案の実質的な検討が大切なのである。これを行政庁が何の拘束もなしに、自由に恣意的に行うことは、許されないといわなければならない。
かようにみると、本件退去強制令書発付処分は、明らかにその実質的要件を欠いた違法な処分であつて、取り消さるべきものである。そして本件処分後、行政組織の変更により、入国管理庁東京出張所主任審査官は、東京入国管理事務所主任審査官として同一性をもつて存続することになつたから、被告東京入国管理事務所主任審査官小黒俊太郎に対し、右退去強制令書発付処分の取消を求める。かように述べた(立証省略)。
被告指定代理人は主文同旨の判決を求め次の通り答弁した。
原告がその主張の日時場所で生れその後現在まで本邦に居住している朝鮮人であつて、原告に対しその主張のような経緯で本件退去強制令書が発付されるに至つたこと、行政組織の変更により入国管理庁東京出張所主任審査官が東京入国管理事務所主任審査官として同一性を以つて存続することになつたことはすべて認めるが右退去強制令書発付処分が違法であるという原告の主張は争う。
旧外国人登録令第十六条第一項は、「左の各号の一に該当する外国人については、本邦からの退去を強制することができる。」として、四つの事項を挙げている。この規定は行政庁の機能を定めたに止まり、行政庁に裁量の余地を認めた主旨ではなく、右の四つの事項の一に該当する外国人に対しては、必らず本邦から退去することを強制しなければならないのである。何故なら同条第二項は、退去強制の手続について出入国管理令第二十七条から第五十条までを準用しているが、同令第四十七条第四項、第四十八条第八項、第四十九条第五項は、いずれも法定の退去強制事由の存在が認められる場合には、主任審査官が、「すみやかに………退去強制令書を発付しなければならない。」と規定しており、その間に事案の軽重による裁量の余地を認めていないからである。
旧外国人登録令第十六条第一項第二号は「第十三条に掲げる罪を犯し禁こ以上の刑に処せられた」ことを退去強制の事由としているのであり、事案の軽重如何にかかわらず原告が登録令違反罪によつて禁こ以上の刑に処せられ、その判決が確定した以上、主任審査官としてはこれを原告の退去強制事由と認め、法定の手続に従つて、原告に対し退去強制令書を発付しなければならないのである。原告が窃盗罪との併合罪として処断されたことは、かような扱いをするについて、何の妨げにもならない。原告は本件登録令違反罪について懲役刑を選択されたうえ、窃盗罪との併合罪として懲役一年に処せられたからである。そして外国人登録令違反の事案の軽重の判断は、刑事裁判所に一任し、行政庁としてはその判決に従つて行政上の手続をすべしとするのが、旧外国人登録令及び出入国管理令の主旨であると考えられる。されば原告に対する本件退去強制令書発付処分に何ら違法の点はない。
なお入国管理庁長官は、原告に対して出入国管理令第五十条の特別在留許可を与えなかつたのであるが、念の為にその理由を挙げておく。
入国管理庁長官が、退去強制事由がある者に対して出入国管理令第五十条の特別在留許可を与えるか与えないかは、その自由裁量に属することである。そしてこれを与えるのは、引き続き本邦に在留させることが本邦の利益になると認められるか、少くとも本邦に不利益を及ぼさないと認められる者、又は退去を強制することが人道上酷に失すると考えられる者に限るのである。しかるに原告は、本件登録令違反罪と窃盗罪との併合罪によつて懲役一年に処せられたほか、その前にも住居侵入罪によつて罰金二十円に処せられたことがあつて、犯罪的性格を持つていると認められるし、韓国には原告の父の兄弟が居り、原告もすでに二十一歳に達しているのであるから、原告に退去を強制することが、特に人道上酷に失するとも考えられない。そこで入国管理庁長官は原告に特別在留の許可を与えなかつたのである。
いずれにせよ本件退去強制令書発付処分の取消を求める原告の請求は理由がない。かように述べた(立証省略)。
三、理 由
原告がその主張の日時場所で生れその後現在まで本邦に居住している朝鮮人であつて、原告に対しその主張のような経緯で本件退去強制令書が発付されるに至つたことと、その後行政組織の変更により、入国管理庁東京出張所主任審査官が東京入国管理事務所主任審査官として同一性を以て存続するに至つたことは、当事者間に争いがない。
被告は、本件退去強制令書発付処分はき束的な処分であつて、旧外国人登録令第十六条第一項本文は行政庁の権能を定めたに止まり、行政庁に裁量の余地を与えた趣旨ではなく、同項各号の事由がある者に対しては必らず本邦からの退去を強制しなければならない、という。しかし同条は文理上かように解さなければならない根拠に乏しいばかりでなく、本件のように登録令違反の罪を犯して禁こ以上の刑に処せられた外国人を必らず強制的に退去させなければならないとすると、行政処分をする権限のない刑事裁判官に、行政処分たる強制退去の可否の認定権を与えたと同じ結果になり、不合理である。旧外国人登録令が外国人の登録について種々の規定を設けその身分に統制を加えた趣旨は、外国人の住居関係及び身分関係を明確にして、在留外国人の公正な管理に資することを目的としたのである。同令が登録に関する規定に違背した者に対し刑罰を科することとしたのは、右の行政上の目的を達するために、登録に関する法定の秩序を維持しようと企図したのである。刑事裁判官はかような秩序維持の見地から登録令違反の事実を検討して刑を量定するのであり、違反者を本邦から強制的に退去させるのが適当かどうかの点まで十分に考慮して刑を量定することを刑事裁判官に期待することは、適当でない。そこで登録令違反の罪について禁こ以上の刑に処せられた者に強制退去を命ずることが相当かどうかを、行政上の合目的性の見地から、更に行政庁が検討することを要するのであり、ここに行政庁が裁量を用いる余地ありといわなければならないのである。このことは次のことからもうかがい知ることができる。すなわち、旧外国人登録令第十六条第二項は退去強制の手続について出入国管理令の規定を準用しているが、同令施行規則第三十五条は、特に異議申立について、審査手続の法令違反、法令適用の誤り、事実の誤認、退去強制が甚だしく不当であることの四つの事項を挙げ、その一に該当する不服の理由を明示すべき資料を異議申立書に添付すべきことを命じている。つまりこの規定は、退去強制の当不当を争つて異議申立をすることができることをも認めたものであり、明らかに退去強制の処分について行政庁に裁量の余地あることを前提としたものといわなければならない。
もとより、主任審査官は、異議理由なしとする裁決があつたときは、すみやかに退去強制令書を発付しなければならないのであるが(出入国管理令第四十九条第五項)、異議申立に対する裁決に、なお退去強制事由の存否の認定について誤りがあり、あるいはその当否に関する裁量に誤りがあつて、これを違法とすべき事情が認められる場合には、これにもとづいて主任審査官のする退去強制令書発付処分も違法たるを免れないことになるのである。
そこで次に、原告に対する本件退去強制令書発付処分が違法とさるべき事情があるかどうかを検討しなければならない。
原告は、原告がたまたま窃盗罪との併合罪として起訴された結果、本件登録令違反罪について懲役刑が選択されて、懲役一年に処せられたのであつて、実質的にみると、原告の本件登録令違反の行為は禁こ以上の重刑に処せらるべきものではなく、原告は外国人登録令の規定に違反して禁こ以上の刑に処せられたとみるべき場合にあたらないというが、刑の量定は刑事裁判官の専権に属することであり、刑事裁判官は刑の量定上考慮すべきすべての具体的事情を合せ考えて、原告の本件登録令違反の行為につき懲役刑を選択したうえ、窃盗罪との併合罪として懲役一年の刑を量定したとみなければならないのであるから、原告が外国人登録令違反の罪について禁こ以上の刑に処せられたことについて、この訴訟で是非を論ずる余地はないというべきである。さればかような原告に、本邦からの退去を強制することは特に不当であると考えられる事情が認められない限り、主任審査官は退去強制令書を発付して、原告に強制退去を命ずることができるわけである。
ところで本件について、入国管理庁長官は行政上の合目的性の見地から、原告につき種々の事情を検討したうえで、原告に強制退去を命ずることを相当としてその異議申立を却下したものというべく、その裁決にもとづいて主任審査官が本件退去強制令書を発付したのであるから、それは前記のように限られた範囲においていちおう行政庁に委ねられた裁量権に基いて行われたものということができ、たやすくこれを違法視することはできない。ただ入国管理庁長官の裁量に誤りがあつて、何人がみても原告に強制退去を命ずることが著るしく不当または偏頗な措置であると認められるような事情がある場合に限つて、本件退去強制令書の発付処分を取り消して、原告を救済することができる、としなければならない。
かような見地から、原告に対する退去強制の当否を判断するについて取り上げるべき事情を挙げてみよう。証人黄泰杓、尹明重の各証言及び原告本人の供述を合せ考えると、次のとおり認めることができる。
原告は朝鮮人黄竜起の二男であつて、高等小学校を卒業後勤め先を数回かえるうちに、不良仲間と交際するようになつて自宅に寄りつかなくなり、本件の罪を犯して刑に処せられる前にも、不良仲間と夜遊びをして附近の町田学園の建物に泊つたことから、住居侵入罪として罰金二千円に処せられたことがあつた。原告が本件窃盗罪で検挙されたとき外国人登録証明書を携帯していなかつたわけは、原告は前に外国人登録証明書を紛失して再交付を受けたが、その手続がめんどうなので再び紛失されては困るということで、家人がこれをあずかつていたからであつた。原告は日本に生れ、日本の学校で教育を受けたため、朝鮮語は殆んどできず、朝鮮に行つたこともなく、朝鮮に身寄りの者はいない。現在原告は健康を害しており、病名は明らかでないが、生命にかかわるほどのものではない。そして原告は既に成年に達している。
かように認めることができる。本件口頭弁論に現れた限りにおいて、原告の強制退去について考慮すべき事情は以上につきる。ほかに原告が主張する点については、これを認めることができる証拠がない。
右認定の諸事情をしさいに検討してみても、原告は必らずしも日本において善良な社会人たることを期待できるような性行の持主であると認めるに十分ではないのであり、かような原告に対して本邦からの退去を強制することが、結果として極めて同情に値することであるにせよ、それが甚だしく不当であつて、原告をひきつづき本邦に在留させることを相当とすべき事由は、見出だすことができない。外国人が他国に在留する場合、その外国人たる身分の故に加えられる法律上の統制に服すべきは当然であり、その統制を破つた場合に、法定の不利益を受けることがあることもまた当然のことである。そしてこの場合に、その外国人を国外に退去させるについてこれを自国に送還することは極めて自然のことである。原告は送還先たる朝鮮に身寄りの者がないとはいえ、既に成年に達しているのであるから、生活の道を全く失つてしまうとは考えられないし、また原告は朝鮮に送還された場合、その国内事情の故に、原告の生命が危殆に陥るというが、必らずしもそう断定することはできないから、特にこの点をとり上げて本件強制退去の当不当を論ずることは妥当でない。されば本件強制退去について、原告のいうような、原告の基本的人権に不当に不利益を与えるような事情はない、といわなければならない。
してみれば、本件に現れた資料を前提とする限り、原告に対して本邦からの退去を強制することが、甚だしく不当または偏頗な措置であるということはできず、入国管理庁長官が原告に強制退去を命ずるを相当として原告の異議申立を却下したについてはその裁量につき違法の点はないというべく、従つてその裁決にもとづいて、主任審査官が原告に対し、本件退去強制令書を発付したこともまた違法ではないというべきである。原告の請求は理由がない。
よつて原告の請求を棄却し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟特例法第一条、民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 新村義広 入山実 石沢健)